HR責任者インタビュー #001|評価制度が後回しになった組織は、徐々に崩壊していく。外部CHRO・江口竜也さんに聞く、HR責任者が真面目にパンクする理由
ベンチャー企業の人事課題というと「採用」に注目が集まりがちですが、複数のベンチャー企業で外部CHROを務める江口竜也さんは、「本当に苦しい時期は、採用の後にやってくる」と語ります。そして、ベンチャー企業の多くが直面する「30人・50人の壁」は、評価制度の骨格づくり、評価者の育成、そして組織文化の浸透に着手せず組織を拡大することが原因と言います。なぜ評価制度を作っても現場は変わらないのか。なぜMVVは言葉だけで形骸化してしまうのか。複数の組織を見てきたからこそ言える、ベンチャー企業の組織課題について話を聞きました。聞き手は、Cymbi(シンビ)の菅谷勇貴です。
本インタビューは、ベンチャー企業を中心にCHROなど責任者100名に話を聞く企画「HR責任者100人インタビュー」の第1回です。100人インタビューでは、ベンチャー企業の組織課題を中心に、採用から人事制度に関する課題、経営と人事の摩擦、多忙なCHROの苦悩などなど、HR責任者のリアルな実態を伺っています。また、Cymbiでは、ベンチャー企業の人事責任者・CHROの右腕として、事業のコア業務にリソースを集中していただけるよう伴走支援を行っています。同じ課題を感じていらっしゃる方は、お気軽にご相談ください。
目次
プロフィール
話し手:江口竜也さん
フリーランス 外部CHRO・採用HR顧問。テンプスタッフ(現パーソルテンプスタッフ)にて人材ビジネスを学び、日本オラクル株式会社にて外資系IT企業の人事・採用を経験。HubSpot Japan株式会社では、採用リードとしてグローバルSaaSの急成長フェーズを支える。その後、30〜50人規模のベンチャー複数社で外部CHRO・HR顧問として、採用・評価制度設計・文化浸透を横断的に支援。
※インタビューでは、日本オラクル株式会社は「Oracle」、HubSpot Japan株式会社は「HubSpot」と表記。
聞き手:菅谷勇貴(Cymbi執行役員)
外国人採用を支援するベンチャー企業でCOOを務め、3年で事業成長1400%・9人から150人超までの組織拡大を牽引。現在は、Cymbi執行役員として、ベンチャー企業の人事責任者・CHROの右腕となる人事チームを提供し、人事・採用業務を戦略から実行まで支援している。ベンチャー企業のCHRO・人事責任者100名に話を聞く「CHRO100人インタビュー」の発起人。
複数のベンチャー企業を渡り歩いて得た、組織を見る視点
菅谷 江口さんは、テンプスタッフからOracle、そしてHubSpotと、業界の異なる組織を経ていますが、それぞれの会社ではどんな経験をされましたか。
江口さん テンプスタッフでは、企業と求職者がどう動くか、採用市場がどういうロジックで回っているかという、人材ビジネスの基本的な構造を体で覚えました。Oracleでは外資系の仕事の進め方と、グローバル基準の人事管理を経験しました。感覚ではなく数字と論理で判断する文化が、その後の自分のベースになっています。
HubSpotでの経験が一番大きかったかもしれません。採用リードとして急成長のフェーズを支えていたんですが、どうやって事業の成長速度に採用を合わせるかを本気で考え続けた時間でした。会社の成長が速いから、人事がそれについていけないと組織がすぐに崩れる。この経験を通じて、初めて「人事は事業そのものだ」という感覚を持てました。
菅谷 現在は、外部CHROとして活動されていますが、外部支援という形を選んだ理由を教えてください。
江口さん 外部CHROをやろうと思ったのは、「複数の会社を見ることで初めてわかることがある」と気づいたからです。1つの会社だけにいると、どうしても自社特有の問題として捉えてしまう。でも複数社を横断して見ると、「これはどこでも起きる共通の組織課題だ」という視点が持てる。「今この組織はこの壁に直面している」「こういう症状が出るときは大抵ここが原因だ」という感覚も、複数社を見ているからこそ精度が上がっていきます。複数社を見ることで、多くのベンチャーに共通するパターンがあることがわかります。
その視点が、外部CHROとして会社に入り込んだときに一番価値を発揮すると思っています。「あなたの会社だけの問題ではない。そして解決策はある」と言えることが、外部CHROとしての自分の役割だと考えています。
評価制度を機能させる「制度の骨格づくり」と「評価者の育成」
菅谷 その複数社を見てきた視点を踏まえて、ここからは具体的な組織課題についてお伺いできればと思います。まず評価制度についてですが、評価制度の設計というと、何から始めるのですか。
江口さん 評価制度は大きく二層に分かれていて、一層目がグレード・昇格・昇給・賃金・インセンティブという「制度の骨格」を作るフェーズ、二層目がKPI設計・評価面談・評価者育成という「運用の仕組み」を整えるフェーズです。多くの会社は一層目までは作るんですが、二層目までなかなか手が届いていない。評価制度は一度作ればそのまま運用し続けられると思われる方は多いですが、実はそうではなく、評価者の育成を継続的にやり続けなければいけない。この点を認識していないケースは多いです。
評価されたらそれに伴って昇格するのか、昇給するのか、インセンティブが発生するのか。評価制度は報酬と連動していないと機能しません。「頑張ってるよね、評価めっちゃ高いですよ。でも給与は変わりません」では誰も納得しないですよね。評価制度と報酬体系は密接に繋がっているので、そこを考えておく必要がある。昇格を考えるなら、ジョブグレードを設計して、各グレードが求める期待値を定義し、どのタイミングでどういう項目を評価してクリアしたら昇格できるのかという基準を作っておかないと、「活躍しているのに上がらない」「なぜあの人が上がったのか分からない」という社内の不満を生み出してしまいます。
そしてこの話は、採用に戻ってきます。あるレイヤーの人を採用したいなら、この給与テーブル、このポジションでこういう期待値です、という評価制度の説明が必要ですよね。そこで評価制度がきちんと設計されていれば、新しく採用する人と、社内のスタッフとのギャップも減らすことができます。組織全体のことを考えて、各人が納得できる制度を作ることで、組織は上手く回っていきます。
菅谷 「評価者のトレーニングが実は結構大変」というお話もありましたが、具体的にはどういうことですか。
江口さん どれだけ丁寧に評価制度を設計しても、評価するのは最終的にマネージャーです。マネージャーがレイティングをする際、評価がブレていたり、好き嫌いで判断していれば、どれだけ評価制度が綺麗に整備されていても、まったく意味をなさなくなってしまう。「なんであの人は昇格して自分は昇格しないのか」という不満が出てくるのは、大抵このケースですね。
評価者トレーニングは、「どう評価するか」を教えるだけではありません。「評価面談でどう対話するか、評価の根拠をどう言語化するか」まで含みます。マネージャーが育っていない状態で制度だけ整えると、むしろ不満が可視化されて逆効果になることもある。評価制度の設計と評価者育成は、絶対にセットで進めるべきだと思っています。
トレーニングをする際は、経営レイヤーから順番に落としていきますが、実際にメンバーの評価を担うのはファーストラインのマネージャーです。マネージャーレベルがきちんとしていないと、上がってくる情報自体が意味を持たなくなってしまう。チームを持つマネージャーには、ある程度統一した基準を扱えるようにしてもらう必要があり、その教育には実務的に意外と時間がかかります。
「30人・50人の壁」の正体。評価制度を後回しにするほど組織は苦しくなる
菅谷 30〜50人規模になると評価制度の課題が噴き出す、とよく聞きます。なぜこのタイミングに集中するのでしょうか。
江口さん それは、感覚で人を動かせる段階から、仕組みで組織を動かす段階に移行するからだと思います。10人、20人のときは、社長の目が全員に届く。「あの人は頑張っている」と直接見えるから、評価も感覚でできてしまう。
でも30人を超えると、社長は物理的に全員のことは見えなくなる。そのタイミングで初めて、「グレードや昇格の基準が必要」だという意識が生まれます。ただ、その段階で評価制度の設計が後手に回ると、組織はカオスになります。感覚で採用し続けた結果、同じような立場の人でも1000万円払わなければいけない人もいれば、300万円の人もいる、というようなばらつきが起きてしまう。優秀な人を採用するために気前よく高い給与を提示してしまう経営者も少なくないんですよね。後からポジション数やグレードを調整する時は、組織を動かしながら組織の基盤を作り直す作業をしなければいけないので、社長は非常に苦しい思いをすることになります。
菅谷 実際にそこから経営者が着手するのは非常に難しくないですか。
江口さん はい。なのでそういう時は、「今やり直すのと、あと30人増やしてからやり直すのと、どっちが大変だと思いますか」という問いかけをよくしています。頭ではわかっていても着手できない経営者が多いですが、この問いかけをすると「今やります」となります。評価制度の設計は、組織が小さいうちほど工数も痛みも少ないんです。手遅れかもしれないと感じ始めた、まさにその瞬間が、制度を整えるのに最適なタイミングです。
評価制度が整ってくると、会社としては予算のフォーキャストがしやすくなります。「あるグレードの人を何人ぐらい採らなければいけないか」という人員計画が明確になれば、平均給与や積み上がっていく人件費コストの計算もしやすくなる。特に経営陣は、売上のトップラインを伸ばすために優秀な人を採用しよう、そこにある程度の投資をする、という判断をします。それ自体は正しいのですが、これが続くと気がついた時には人件費が想定以上に膨らんでいるという状態に陥りかねない。蓋を開けてみないと気づかないので、ちゃんと事前に評価制度を作っていく方がいいよね、という話になります。
評価制度と組織文化の醸成は、同時に設計しなければ意味がない
菅谷 評価制度の話に加えて、組織文化の浸透も同じくらい重要だとお聞きしています。文化浸透の支援は、どのように進んでいくんですか。
江口さん まず現状を確認することから始めます。「掲げている理念やMVVを、何人の社員が空で言えますか」という質問をよくします。経営陣に聞くと「浸透しています」と答える会社が多いですが、実際にはマネージャー層や一般社員に聞いてみると、言えない人がかなりいる。
以前関わっていた企業でも、掲げている理念の5つの項目を空で言える人が何人いるか聞いてみたことがあります。コアメンバーの人たちでさえ言えなかった。この事実を数字で突きつけることが、文化浸透への最初の一手になります。浸透しているつもりだったけど、現実はそうではない。ここから始めないと、どんな施策を打っても表面的なもので終わってしまいます。
菅谷 ちなみに、経営者から「空気が悪くなってきた」という感覚を訴えられることも多いと思いますが、その正体は何だと思いますか。
江口さん ほとんどのケースで、組織のコミュニケーション設計かカルチャーの形骸化に起因しています。なんとなくうまくいっていないという感覚は、MVVが現場の評価に連動していないことから来ている。
たとえばMVVに「挑戦を推奨する」と掲げているのに、評価制度では失敗した人がマイナス評価される仕組みになっている。理念と実際の評価が矛盾しているから、社員は「本当のことは評価制度を見ればわかる」と学習してしまう。MVVが形骸化するのは、評価制度と連動していないことが大半です。
菅谷 だからこそ、評価制度と組織文化の醸成はセットで考えるべきだと。
江口さん そうです。どちらかだけでは機能しません。評価制度が整っていても、その評価基準がMVVと連動していなければ組織文化は育たない。逆に、MVVの話だけをしても、評価に反映されなければ建前で終わってしまいます。
MVVを掲げている会社は多いですが、それが評価制度にまで落とし込めている会社は意外と少ない。「うちは評価に連動させています」と言う会社でも、実際に確認すると形式的な項目が並んでいるだけで、マネージャーが評価面談で使いこなせていないケースがほとんどです。
外部CHROとして一番こだわっているのは、組織文化の醸成と評価制度とを同時に設計することです。どちらかを先に整えて後から繋げようとしても、それは極めて難しい。最初からセットで考えることが、遠回りに見えて一番の近道だと思っています。
HR責任者はなぜ「真面目にパンクする」のか
菅谷 これまで関わってきた会社のHR責任者を見てきて、共通する課題や疲弊している要因などは何があるのでしょうか。
江口さん それは、「人事以外の仕事が多すぎる」という構造的な課題です。30〜50人規模だと、人事責任者という肩書きでも実態は総務・情シス・ファシリティの担当も兼ねていることが多い。業務には、オフィス移転、PCなどのデバイス管理、入退社の手続き全般まで含まれます。労務・給与は早い段階で社労士に、経理も税理士にアウトソースできても、社内の状況をリアルタイムに把握していないと判断できない総務は、実は外部に投げづらい。
しかもこれらは、緊急性は低いけれど工数はかかるタスクばかりです。一つひとつは小さいタスクですが、それらが積み重なって、気づいたら本来の人事のコア業務、たとえば採用戦略の設計や評価制度の改善に集中できていないという状態になっている。
菅谷 なぜ誰かに任せられないのでしょうか。
江口さん 人事の仕事にはセンシティブな情報が多いんです。誰の評価がどうか、誰が退職しそうか、どの部門に課題があるとか。社内でもどこまで誰に話していいかの線引きが難しい。経営に近いレイヤーの人間の判断が必要なことが多いんですね。
結果として「全部自分でやるしかない」になってしまう。やるべきことはわかっている。でも情報の性質上、誰にも任せられない。だから全部自分でやって、キャパオーバーになる。これが「真面目にパンクする」ことの正体です。意志の問題ではなく、構造の問題です。
経営者に信頼されるCHRO・HR責任者の条件
菅谷 業務量だけでなく、経営者とのコミュニケーションに悩むHR責任者も多いと感じています。経営とHR責任者の間で「事業解像度のギャップ」が慢性化する、というお話もありましたが、それはなぜ生まれるのでしょうか。
江口さん 根本には、事業経験があるHR責任者が少ないことがあります。事業がわかる人は事業側でキャリアを作りたいし、事業側の経営者も、自分が得意じゃない領域を任せたいという発想で、人事のキャリアが長い人を採用します。
結果として、事業のことがわからないが人事経験は長い、という人がHR責任者になる。そういう構造ができあがっています。経営者は事業の言葉で話すのに、HR責任者が人事の言葉でしか返せず、この噛み合わなさが「経営者は人事のことをわかってくれない」「人事は事業を理解していない」という相互の不満を生み出します。
菅谷 そのギャップを埋めるために、HR責任者は何をすべきだと思いますか。
江口さん まずは、自社の事業がどうやって売上を作っているかを本気で理解することが必要だと思います。自社のビジネスモデル、KPI、顧客が誰でどういう課題を持っているかを理解した上で、この採用が事業のどこに効くのか、この評価制度が組織のどの問題を解くのかを語れるかどうかが、経営者に信頼されるかどうかの分かれ目です。
菅谷 社長が「このHR責任者、CHROと一緒に仕事したい」と思う条件は何だと思いますか。
江口さん 事業の言葉で人事を語れることだと思います。採用の話をするときも、評価制度の話をするときも「これが事業にどう効くかを説明できるかどうか」です。人事の話を人事の言葉でしか語っていては、経営者には届きません。
それと、経営者にとって耳の痛い内容でも率直に言えることも大事です。経営者は聞きたいことだけ聞かせてくれる人よりも、きちんと事実を知りたいんです。「MVVが浸透していません」「この評価制度は今の組織には機能していません」とはっきり言える人。そういうCHROが、最終的に経営者に信頼されるのだと思っています。
耳触りのいい話だけをしていると、短期的には関係が良くなるように見えても、長期的には何か問題が起きた時に頼れない人になってしまう。最初から、言いにくいことでも言える関係性を作ることが、CHROとして経営者と組むうえでの肝だと思っています。
Cymbiが解説
今回のインタビューで見えてきたのは、評価制度は単体で機能するものではなく、MVV・組織文化・評価者の育成と密接に連動している、ということです。評価制度を精緻に設計しても評価者であるマネージャーの判断がブレれば機能せず、MVVを掲げてもそれが評価基準と連動していなければ、社員は「本当のルールは別にある」と学習し、MVVを建前として扱うようになります。
そして、こうした評価制度やカルチャー浸透への着手が後回しにされがちな背景には、HR責任者自身が総務・情シスなど人事以外の業務まで抱え込み、「真面目にパンクする」という構造がありました。もし自社の人事責任者・CHROが「なんでも一人で抱えている」状態にあるなら、それは評価制度の骨格づくりや評価者育成、カルチャー浸透度のチェックといった重要な仕事ほど後回しにされているサインかもしれません。ただ、これらを本業と並行しながら一人で一から設計するのは簡単ではなく、外部の視点を借りながら一緒に整理していく方が、結果的に近道になることも多いはずです。
今回は「CHRO100人インタビュー」の1回目をお送りしました。今後もCHROへのインタビューを重ね、ベンチャー企業に共通する人事・組織課題を言語化していきます。
Cymbiでは、採用から組織開発、カルチャー浸透の仕組みづくりまでを伴走支援しています。まずは自社が今どのフェーズにいて、何から手をつけるべきかを一緒に整理するところからでも構いません。人事・採用・組織でお悩みを持っている方は、お気軽にご相談ください。