HR責任者インタビュー #002|「AI時代に、HRのプロは何を目指すのか」事業理解なき評価制度では、人も組織も動かない。A Inc.・山口隼司さんに聞く、AI時代におけるCHROの役割とは
CHROの本質は「この会社で何をした人がエクセレントか」を定義することにある。こう言い切るのは、A Inc.執行役員CAIOの山口隼司さんです。山口さんは、オープンハウス、楽天、ユーザベースと事業会社を渡り歩き、CHROとして人事組織をゼロから立ち上げ、採用体制や評価制度を構築するなど、組織の成長を牽引してきました。そんな山口さんは、AIの時代にCHROに必要なのは人事の専門知識ではなく「事業解像度」だと語ります。「CHROにもCOOと同じ事業解像度が要る」という考えは、どんな背景から生まれたのか。AI時代のCHROの役割についても詳しく伺いました。聞き手は、Cymbiの菅谷勇貴です。
本インタビューは、ベンチャー企業を中心にCHROなど責任者100名に話を聞く企画「HR責任者100人インタビュー」の第2回です。100人インタビューでは、ベンチャー企業の組織課題を中心に、採用から人事制度に関する課題、経営と人事の摩擦、多忙なCHROの苦悩などなど、HR責任者のリアルな実態を伺っています。また、Cymbiでは、ベンチャー企業の人事責任者・CHROの右腕として、事業のコア業務にリソースを集中していただけるよう伴走支援を行っています。同じ課題を感じていらっしゃる方は、お気軽にご相談ください。
目次
プロフィール
話し手:山口隼司さん
A Inc. 執行役員/CAIO。新卒でオープンハウスに入社し建築デザイン・用地開発を担当後、楽天でマーケティングコンサル・総合企画に従事。NewsPicksを運営するユーザベースでは、経営企画・人事立ち上げ・法人事業CS・新規事業立ち上げを横断的に担当。2024年、A Inc.に執行役員CHROとして参画し、現在はCAIOとしてAI活用を軸にした組織の再設計を推進している。
聞き手:菅谷勇貴(Cymbi執行役員)
外国人採用を支援するベンチャー企業でCOOを務め、3年で事業成長1400%・9人から150人超までの組織拡大を牽引。現在は、Cymbi執行役員として、ベンチャー企業の人事責任者・CHROの右腕となる人事チームを提供し、人事・採用業務を戦略から実行まで支援している。ベンチャー企業のCHRO・人事責任者100名に話を聞く「CHRO100人インタビュー」の発起人。
CHROの本質は「エクセレント」を決めるところにある
菅谷 山口さんはCHROとして制度設計に取り組んできた中で、「CHROの本質はここだ」と言えることはありますか。
山口さん 本質には1つしかないと思っていて、「この会社で何をした人間がエクセレントなのか」を決めることです。
採用基準も、評価制度も、報酬設計も、育成プログラムも、カルチャー施策も、全部ここの派生でしかありません。「何をした人間がエクセレントか」が曖昧な会社は、たとえどんなに良い制度を入れたとしても形骸化します。逆に、この認識を経営と現場が共有できていれば、制度は最低限でも組織は回ります。
菅谷 それほど重要な問いなのに、多くの会社でそれが曖昧なのはなぜだと思いますか。
山口さん CHROの仕事を機能分解してしまうことが原因なんだと思っています。採用・育成・制度設計・評価・エンゲージメントと分けると、5つにも10にもなる。でも、分ければ分けるほど「制度の管理者」に矮小化されてしまう。
人事の機能は幅広いが故に、日々の業務を遂行することが目的になり、CHROが組織全体を俯瞰した上で、「そもそもこの会社は何に報いる組織なのか」を問い直す時間も余裕もない状況に陥ってしまう。これが日本企業の人事部に頻発している印象があります。
菅谷 余裕がなくなっている人事部は、外から見ると何が足りないように映っていますか。
山口さん 「問う力」ではないでしょうか。施策を打つこと、制度を整えることには慣れている。でも「なぜこれを作るのか」「この制度を作ることで、組織は何に報いる集団になるのか」を問う時間がない。結果として「制度はあるが、現場と乖離している」という状態が続いてしまう。
菅谷 その問いを持ち続けるために、CHROとして具体的に何をするんでしょうか。
山口さん それは「経営者が言語化できていないことを代わりに言語化する」ことだと思っています。
社長の頭の中にある「こういう人がほしい」「こういう働き方をしてほしい」という暗黙の基準を、評価制度という形で組織に実装すること。社長の「翻訳者」ではなく「言語化の支援者」という表現がしっくりきます。
菅谷 翻訳者と言語化支援者は、どう違うんですか。
山口さん あくまで私の考えですが、翻訳者は、すでにある言葉を別の言語に変換するだけです。一方で、言語化支援者は、まだ言葉になっていないものを一緒に掘り起こして形にする。CHROはまさに言語化支援者であるべきで、社長が「なんか違う」と感じていることを、「それはこういうことですよね」と代わりに言語化し、組織に実装するのが仕事だと思っています。これはAI時代になっても変わりませんし、むしろCHROにしかできない仕事だという確信が強まっています。
なぜ人事は「事業を語れない」のか
菅谷 ここから少し視点を変えて伺いたいのですが、今回インタビューを重ねていて感じているのは、「現場のことはわかっている」という人事責任者は多いのに、経営の対話相手として機能している人は少ない、ということです。山口さんはその差をどこに見ていますか。
山口さん 現場感を持っている、現場にヒアリングもしている、という方は確かに多いと思います。でも「自分の事業を語れるか」、もっと言うと「自分で事業を伸ばせますか」と問うと、答えられる人は一気に減ります。
サッカーで言えば、点を取るのが目的なのに、スルーパスが目的になっている人事は多いかもしれません。採用充足率を上げること、制度を整えること、それ自体が目的になってしまっている。
というのも、人事ってフレームワークや理論が豊富な領域じゃないですか。それを学べば学ぶほど「これを使ってみたい」という気持ちになってくる。勉強して攻略本的なものを手に入れたら、ハックしたくなってしまうんですよね。
でも本来は「この会社の、この事業課題を解くために、どの手段が最適か」という問いが先にあるはずです。手段を先に持ってしまうと、問いが後付けになっていく。人事の仕事が「沼」になりやすいのは、そこからだと思っています。
昔の大企業がトップセールスを人事に置いたのは、実は理にかなっていたと思っています。「事業を伸ばしてきた人間が、人を動かす仕組みを作る」という発想ですからね。
CHROにもCOOと同じ解像度が要る。事業解像度が制度設計の質を変える
菅谷 山口さん自身は、事業解像度をどうやって上げてきたんですか。
山口さん 自分で事業の実務をやったことが一番大きいです。商談も、オペレーションも、自分でやりました。
ユーザベースでは経営企画・人事・法人事業CS・新規事業の立ち上げを横断的に担っていましたし、A Inc.でもCHROとして制度を作りながら、「事業サイドにいたら自分は何がほしいか」を常に考えていました。「事業解像度を上げるプロセス」を経験したことで、制度設計の質を高められたと、今は確信しています。
菅谷 自分で事業サイドを経験すると、実際にどういう変化がありますか。
山口さん 現場の「ちょうどよさ」を、感覚的にわかるようになります。営業インセンティブを設計するとき、書籍で解説されているような、評価制度の理論は知っている。でも「この会社のこの事業では、どの粒度で設定すると動機づけになるか」は、自分で数字を追って動いた経験がないとわかりません。フレームワークを当てはめても、肌感がないから精度の高いアウトプットにならない。事業を担った人間が作った制度と、そうでない人が作った制度では、現場への刺さり方が全く違うと思います。
菅谷 その差は、経営チームの中でのCHROの立ち位置にも出てくると思いますか。
山口さん COOって、事業も組織も両方見ていることが多いですよね。CHROとCOOが両方いる会社だと、CHROがCOOの下になりがちなんです。なぜかというと、現場の解像度で差がついているから。対等に話すには、現場の解像度を上げるしかない。だから、CHROもCOOと同じ解像度で事業を語れるべきだと、個人的には強く思っています。
組織の話で言えば、「線引きの設計」がCHROの腕の見せどころだと思っています。例えば、そもそも「全事業部を一つの制度で統一するのか、事業部ごとに設計するのか」や「事業部ごとにどの程度の自由度を持たせるのか、どこを統一してどこを柔軟にするのか」などなど。これは今も、自分の中で明確な答えが出ていない問いです。組織の目的や価値観によっても正解は変わってくると思っていて、ちなみに私は割と柔軟派ですね。
菅谷 柔軟にすることで、どんな変化が生まれるんですか。
山口さん たとえば、カチっと評価項目を設定したSaaS事業と、自由度の高い代理店事業が同じ会社にあったとします。その会社で後者から前者に異動すると、評価が下がりやすいんです。これを是正するために、制度がどんどん細かくなっていくと、もう戻れなくなってしまう。だから、事業部長に権限をある程度柔軟に持たせる設計や、評価制度は2年に1回くらいのサイクルでフルリフレッシュするくらいがちょうど良い、というふうに考えています。
失敗から学んだ「現場起点の制度設計」という視点
菅谷 ここまで話を伺ってきて、「CHROにもCOOと同じ事業解像度が要る」という考えが、とても腑に落ちました。一方で、実際に制度設計を進める中では、うまくいかなかったこともあったのではないかと思います。A Inc.でCHROとして制度設計を一から担った経験を振り返って、今だから言える失敗や反省はありますか。
山口さん 「自分のアウトプットを疑う人がほしかった」というのが、正直な反省です。
手前味噌ですが、私はフレームワークや制度の設計は結構速いんです。評価制度、コンピテンシー基準、採用スクリーニングの仕組みを作ること自体は、全く苦になりませんし、90点のレベルに到達するのは、かなり速いと思います。でもそれだと、「これは良い制度だ」と思い込むリスクがあるんです。評価制度には、常に「設計者のバイアス」がかかっているということに、気づくのが遅かった。
菅谷 自分が作ったものを自分で疑うのは、非常に難しいですよね。
山口さん これが本当に難しいんですよ。スピード感をもって作るほど、「これで行ける」という確信が先に来てしまう。でも本当は「本当に、現場のマネージャーは使えるのか」「運用3ヶ月後に形骸化しないか」と、設計段階で問い返してくれる人が必要でした。ハッキリとNoと言ってくれるような、厳しいけど信頼できる人が(笑)。
菅谷 その反省は、具体的にはどんな気づきに繋がったんですか。
山口さん そうですね。制度を「作る」と「浸透させる」の間に、誰も担当していない工程があることに気づいたんです。私はこれを「翻訳工程」と呼んでいます(先ほどの「社長の翻訳者」の話とは別で、制度を現場の言葉に落とす工程のことです)。
自分が作った評価フレームワークを、現場のマネージャーが「どのように自分のチームで使うか」にまで落とし込む工程です。これは制度設計のスキルとは全く別の筋力で、自分には足りませんでした。どれだけ精緻な制度設計ができても、マネージャーが腹落ちしなければ、それは紙くずと同じです。
菅谷 この「翻訳工程」は、担当者を置けば解決するものですか。
山口さん 担当者を置くだけでは難しくて、設計の段階から「誰が、どのように浸透させるかを考える」必要があります。ここが抜けると「制度はあるけど、組織は機能しない」という状態が続いてしまう。今、CAIOとして取り組んでいることの半分は、あの時の失敗の修正だと思っています。
菅谷 具体的に、今はどのように取り組んでいるんですか。
山口さん AI×Valueコンピテンシーを設計した時は、フレームワークの設計からではなく「マネージャーが実際に評価面談で使うシーンの洗い出し」から着手しました。設計起点ではなく、運用起点で逆算する。これが真の設計だなと、過去の失敗から学んだ一番大事なことですね。
先ほども少し話しましたが、制度を「作る人」の立場と「使う人」の立場を両方経験して、初めて「設計者バイアスがある」ことに気がつきました。もし今も制度を作る立場しか経験してなかったら、気づけてなかったと思います。立場が変わることで、これまで見ていなかったものが見えてくる。とても大きな経験でした。この経験があって、今はようやく仕組みにできてきた実感があります。
誰でも評価制度を作れる時代に、CHROは何を担うのか
菅谷 「運用起点で逆算する」という視点は、まさに実践から得た知見ですね。今まさにAIの時代に入っていますが、CHROの役割はどう変わると考えていますか。
山口さん 一番大きな変化は「CHROが評価制度を作る独占権を失う」ことですね。
AI以前の時代は、評価制度や採用基準を設計できるのはHRの専門知識を持った人間だけでした。だからCHROに権限が集中していた。でも今は、AIを使えば事業部長でもマネージャーでも、自分のチームに最適化した評価基準のたたき台を作れます。いやむしろ、その方が筋がいい可能性もある。制度設計の参入障壁は消えたと思った方がいいです。
菅谷 それは、CHROの存在意義が消えるということになりますか。
山口さん 存在意義が消えるというよりは、CHROは「どうやって存在意義を示すか」という話だと思います。評価制度を作れることが希少な価値だった時代は終わりました。この問いに答えられないCHROは、AIに仕事を取られるだけになってしまいます。
AIや外部リソースの選択肢が増えることで、人事部が管理する対象が正社員だけではなくなっていきます。BPaaS、AIエージェント、業務委託など、これらを管理するために、組織が「HR管理部」「BPO管理部」「AI管理部」のように分化していく可能性もあると思います。もしそうなった場合、既存のCHROという役割のままでは通用しなくなる、そういう未来を考えています。今はCHROとCOOという役職に分かれていますが、今後は「経営の仕組み全体(経営OS)を回す人」という新しい役割に統合されていくかもしれません。
事業のわからないCHROに組織は動かせない。AI時代のCHROの存在意義
菅谷 では、これからのCHROはどうやって存在意義を発揮していけば良いのでしょうか。
山口さん それは、「AIが出した答えに対して『それは違う』と言える最後の砦」になること、だと思っています。
AIは最適化が得意ですが、最適化の方向性が正しいかどうかは判断できません。効率だけで評価制度を組めば短期成果に偏るし、データだけで採用を回せばカルチャーは壊れます。数字には表れていないが、「この会社が絶対に手放してはいけないもの」を定義して、それを守ること。これがAI時代のCHROにしかできない仕事です。
菅谷 非常に重要な指摘だと思います。今のお話をもっと具体的に伺えますか。
山口さん リアルな話をすると、うちでAI×Valueコンピテンシーを6段階で設計したとき、一番議論になったのが「AIを使えない人をどう扱うか」でした。
効率だけで考えるなら、低評価にすればいい。もちろん、AI活用は全員に求める前提です。そのうえで、人の価値をそのスコアだけで測らない、という話です。A Inc.のインフルエンサーマーケティングは、人間の目利きと関係構築力が収益の根幹にあります。AIが苦手でも、インフルエンサーとの信頼関係を長年かけて築いてきた社員の価値は、AIリテラシーのスコアでは測れません。「AIで測れないものの価値を、AI時代に経営に説明できる人間」。これがAI時代のCHROの役割かなと思っています。
菅谷 そういった役割を担えるCHROとそうでないCHROの差は、何によって生まれると思いますか。
山口さん 「事業をわかっているかどうか」に尽きると思います。必ずしも「AIリテラシーが高い社員が優秀」と言い切れないのは、自社の事業がどうやって価値を生んでいるかを理解しているからこそ言えることです。
事業を知らずに評価制度だけを設計すると、数字が示す合理的な答えに引っ張られてしまう。でも事業を理解していれば、その数字を鵜呑みにせず、「本当にこの基準で測るべきなのか」と一歩立ち止まって疑うことができる。だからこそ、「そもそもやるべきか」「誰がやるべきか」を問える人が、CHROに必要だと思っています。
菅谷 ありがとうございます。最後に、これからCHROを目指す方や人事として成長したいと思っている方へメッセージをお願いします。
山口さん HRの仕事を深く掘り下げることは大事ですが、事業を知らないまま評価制度を作ったとしても、画一的な制度ができるだけです。「自分の会社の事業を語れるか」「どうすれば事業が伸びるか、組織からその答えを出せるか」。この問いに向き合った経験があるかどうかで、CHROとしての深みが全然違ってきます。「HRだけしかやらないのは、非常にもったいない」と思っています。
冒頭でもお話ししたように、「何をした人間がエクセレントなのか」を、自らの言葉で言えるようになるまで自問自答し続けてほしいです。この問いの答えを出せていない人事は、たとえどれだけ評価制度の知識があったとしても、組織を動かすことはできません。そのうえで、「AIで測れない価値を、経営陣に説明できること」。この2つが、AI時代のCHROの価値になると思っています。
Cymbiが解説
今回のインタビューで見えてきたのは、AI時代のCHROに必要なのは「事業解像度」だという一貫したメッセージです。評価制度を作る技術そのものはAIに代替されていく一方で、「この会社が何に報いる組織なのか」「どんな人がエクセレントなのか」を定義し、「AIでは測れない価値」を経営に説明できるCHROの役割は、むしろ重みを増しています。
また、山口さんが語った「設計者バイアス」と「翻訳工程」の話は、評価制度に限らずどんな施策にも当てはまる教訓だと感じました。どれだけ精緻に設計しても、現場のマネージャーが腹落ちして使わなければ意味がありません。「誰が浸透させるか」を設計段階から組み込むという発想は、人事責任者・CHROのみならず、全ビジネスパーソンが持っておきたい視点です。
Cymbiでは、採用から評価制度の設計、カルチャー浸透の仕組みづくりまで、ベンチャー企業の人事責任者・CHROの右腕として伴走支援を行っています。同じような課題感をお持ちの方は、お気軽にご相談ください。